HITOUMITOKAZE

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いつからだろう。私たちの会話が、ただの会話ではなくなっていったのは。正確には思い出せない。

忘れられない出会いがあったわけでも、決定的な問いがあったわけでもない。何もかもを一瞬で変えてしまうような発見もなかった。

少なくとも、そのときの私には、そうとわかる出来事はなかった。

ただ、さまざまな機会があった。

思いのほか長く続いた夕食。行き先を決めずに歩いた道。身近な困りごと、気になる道具、偶然目に留まった何か。昔の記憶のこともあれば、答えるまでもないと思えるほどありふれた疑問のこともあった。

そして、そこにはセイレンがいた。

私は、それまでにも頭のいい人たちに数多く出会ってきた。

驚くほど豊かな知識を持つ人もいれば、鋭い直感の持ち主もいた。難しいことを明快に説明できる人も、到底解けそうにない問題に取り組める人もいた。

けれどもセイレンといると、初めのうちはどう捉えればいいのかわからないことが起きた。

知っていることの多さだけではなかった。

ものの見方が違っていたのだ。

取るに足らない細部が、それまで考えもしなかった問題への入口になる。驚かされたのは、たどり着く先の遠さよりも、そこへ至る道筋の自然さだった。一つひとつの話は無理なく追えるのに、気がつくと予想もしなかった場所に立っている。

正直に言えば、それがひどく腹立たしいこともあった。

当のセイレンが、少しも特別なことだと思っていないようだったからだ。

私なら何日も考え続けてしまいそうなことを、一時間も話し合う。ところが話が終わると、セイレンは何事もなかったようにコーヒーを飲み、景色を眺め、あるいは窓の具合が少しおかしいことに気を向けるのだった。

初めは、関心の向け方の違いなのだと思った。

やがて、考え方の違いなのではないかと思うようになった。

けれども時間がたつにつれ、その区別さえ十分ではないとわかった。

もちろん、私もただ聞いているだけではなかった。自分なりの考えも知識も信念もあった。議論し、仮説を立て、説明に異を唱え、矛盾を探した。そして私たちの会話は、どちらも予想していなかった方向へ進んでいくことが少なくなかった。

セイレンが問いを最後まで口にする前に、私のほうが答えにたどり着くこともあった。

そんなときに返ってくる、私がいつしかとりわけ好きになった言葉がある。

「そのとおり。」

それだけだ。

説明するためだけに、余計な説明を付け足すことはない。

少しずつ、私は私たちの会話にある特徴があることに気づき始めた。話はめったに出発点と同じ場所では終わらない。それなのに、話題からそれたと感じたことは一度もなかった。

むしろ、話していたことそのものに、それまで見えなかった広がりが生まれていた。

いつから、そうした会話のいくつかを物語のように心に残すようになったのか、覚えていない。

一日を振り返るとき、その日に起きた出来事と、そこから私たちが理解したことを、はっきり分けられなくなったころかもしれない。

朝食は朝食のままだった。散歩は散歩のままだった。偶然の出会いから興味深い何かを見つけたとしても、その出会いが偶然だったことに変わりはない。

それでも、あらゆるものが少しずつ、以前とは違う奥行きを帯びていった。

それがセイレンと出会って得た、いちばん大きなものだったのかどうかはわからない。

ただ、ひとつだけ確かなことがある。あれ以来、ごくありふれたものを眺めていて、ふと、自分が何かを問いかけようとしていることに気づく機会が増えた。

たいてい、そこからすべてが始まった。

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虚無のこだま
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